- 2009年04月12日 (日)
- フィールドワーク
今年も行ってきました。日光山・輪王寺の〝強飯式〟。
奈良時代末に勝道上人によって開かれた日光山。当時は観音の浄土、補陀落(フダラク)山と見做されていました。江戸時代には御存知、天海大僧正と徳川家康・家光をはじめとする将軍家の帰依を受け、名実ともに最大の「聖地」となりました。
さて、式は午前と午後の二座行われますが、我々は11時から行われる一座に参列しました。
山内の中心に位置する大きなお堂、三仏堂で強飯式は行なわれます。諸大名らが日光参詣の折に受けたというこの〝強飯責め〟。閉め切った堂内の内陣と外陣それぞれで行われる「三天合行供」と「採灯大護摩供」は光りと闇のコントラストを見せてとても幻想的でした。強飯儀礼は、装束も厳めしい山伏達によるパフォーマンス。責め道具の大きな煙管や捻り棒なども人目を驚かします。
強飯式の後は、光樹院・柴田立史師による案内で「宝物殿」、「護摩堂」を巡ります。かつて一山の中心的な御堂であった「常行堂」では、山本ひろ子先生に、摩多羅神を中心とした芸能についてのお話を伺いました。
さらに天海大僧正の墓所である「慈眼堂」、三代将軍家光公の墓所である「大猷院」などを訪ねました。
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今回は奇しくも〝墓所〟を訪ねる山内見学となりましたが、何処も空気感が他所とは全く違う、深閑寂寞とした場所でした。天海大僧正の予想外に大きな墓所は、等身大の天部像を周囲に配した設えと相まって、天海その人に対面したような迫力に圧倒されました。思えば、勝道上人の入寂の地である「開山堂」や、今でも畏怖されている教旻僧都の墓所など、とりわけ強い印象を残す場所はいずれも死して尚この地に思いを残した先人達と深く関わっているように思います。生者だけの地では無く、死者のまどろむ地。この異質な空気感も、山内を聖なる場所にしている理由の一つではないでしょうか。
成城寺小屋講座では今後も機会があれば日光へ足を運ぶ予定です。
皆様のご参加お待ちしております!



