- 2007年10月29日 (月)
- 花祭幻視行
一方で花祭には、<騒乱のエクスタシー>ともいうべき演目がある。それは祭も終り近づいた頃の「湯ばやし」と呼ばれる四人の少年の舞で、ダイナミックな鬼や可憐な花の舞と並んで圧倒的な人気を誇る。
この湯ばやしの 時 、 たし かに花祭は最高潮に達する観がある。一時間ほど 待 った あと 、四人の舞子が手にした湯たぶさで湯釜の湯を、舞処や見物衆に激しくかけ回るからだ。湯たぶさをかついで追いかける舞子。歓声をあげながら逃げまどう人々。この湯を浴びることで身が清まるともいう。
忘れがたい湯ばやしの光景があった。七、八年前の、東栄町中設楽( なかしたら ) の花祭である。
舞処におりたったときから、中学生ぐらいの四人の舞子には殺気立った表情があった。なかでも目を惹いたのは、その 中の 赤い頬をした、明らかに一卵生双生児と思える二人の舞が、絶妙であったことだ
影の演出者、見えない精霊の繰り出す糸に踊らされてでもいるかのように、舞子の動きは驚くべき躍動性の中にも、高い様式性を備えていた。二人が瓜二つの双子であることが、その様式美をいっそう際立たせ、喧噪とどよめきの中なのに、私は沈黙の仮面劇を見るような錯覚に陥った。
ものにとり憑かれたような表情で悲壮、かつ華麗に舞う四人の少年をとり囲みながら、人々の群れの輪はしだいにふくれあがり、 歌楽 ( うたぐら ) と拍子リズムに唱和しながら波のようなうねりをみせていく。
ひきつり、歪む横顔。怒っているのか泣いているのか、十三、四歳の少年のみが見せる酷薄な表情とアクロバティックな四肢の動きに、巧智な舞踏の神が宿り、通りすぎていく祭の季節が一瞬凍りつく。
やがて笛と太鼓の拍子が急テンポに変り、舞子四人が袖しぼり、烏跳びなどの動きに移ると、緊張に耐えられなくなったようにして湯ばやしはカタストロフィーを迎えるのだった。
あとにも先にも、これ以上の湯ばやしを味わったことがない。その翌々年であったか、また中設楽の湯ばやしを見る機会があった。舞子にはやはり双子の少年がおり、賑やかさは変らなかったが、あの時の空気を震わせて波及していく漸次的な上昇感と一体感、異様なほどの緊迫感は、舞にも場にも見受けられなかった。
――花祭は、こうしてかりそめの姿を一瞬の身ぶるいのうちに示して、転生を装いながら死の舞踏を繰りかえしていく。
友は、黙つてゐる彼を訪ねていろいろと話しかけた。
「まだ、いつか見た夢を思ってゐるかえ。」
其の友の筋肉の弛んだやうに開いた口の穴が、刹那に彼に謎のやうに考へられた。彼の頭はぐらぐらとして理窟ではない、たゞ 夢知らせ といふやうなものを信じない訳にもゆかない気がした。
同時に、人々の、形のない美しい話も故意にうそをいつてゐるとは思はれなかつた。
其から彼は、黒い木立や、墓石や、石屋や、婆さんの家の周囲を考へながらぶらぶらと歩いて毎日、黙つて日を暮らした。
其内に、白い雪が降つてきた。
(「薔薇と巫女」)
<終>
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